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Research Center for World Buddhist Cultures

世界仏教文化研究センター

活動内容

【開催報告】2020年1月24日(金)・25日(土)研究総括集会「日本と東南アジアの仏教交流」

開催日時
2020年1月24日(金)・25日(土)
開催場所
龍谷大学 大宮学舎 西黌2階 大会議室
講演者

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1日目

挨拶 林行夫(龍谷大学教授)

これまでの研究成果を論文集にまとめて発刊予定である。発刊へ向け、各執筆者が集い、改めて「仏教交流」が何であったのかを深めていくことを目的に本集会を開催した。

 

発表1 中西直樹(龍谷大学教授)

「明治期日本人僧侶の暹羅布教」

中西氏は、明治期の日本人僧侶による暹羅布教について取り上げた。明治期、パーリ語や上座部仏教を学ぶ目的で暹羅に赴いた日本人僧侶がいたが、彼らの滞在期間は極めて短く、布教活動を行った人物はほとんど確認されていない。こうしたなかで、真宗大谷派僧侶の武田恵教は、現地に布教所を開設して仏教婦人会を組織するなど、精力的に布教を展開した人物として注目される。ただし、武田が接した主な相手は暹羅在住の清国人だった。中西氏によれば、日清戦争以降、日本の南進進出が本格化するなか、これに便乗した日本仏教の活動が清国側から問題視されていた。南清での武田の活動が頓挫していくなか、暹羅に移住した清国人は、自国の弱体化により、現地で日本政府の保護を得ることを目的に武田の来暹を要請した。両者の思惑が一致して、武田の布教がはじまったが、暹羅国政府の側はこれを警戒し、結局のところ、活動は大きな広がりを持つには至らなかった。暹羅布教の場合も、他のアジア布教と同様に、国威発揚をバックとするもので、実質的な布教内容を有さないことを中西氏は指摘した。

中西直樹氏(龍谷大学教授)

 

発表2 林行夫(龍谷大学教授)

「石井米雄と日タイ仏教交流」

林氏は、自身の師でもある石井米雄(1929-2010)と日タイ仏教交流について取り上げた。石井は東南アジア研究の第一人者として知られる。東京外国語大学を経て外務省職員となった石井は、外務省留学生としてチュラロンコン大学に留学。その後、現地で出家した。1965年以降、石井は京都大学などで教鞭を執った。石井が死去した際にはタイでも追悼会が催され、追悼論文集も日本に先駆けて刊行されるなど、現地での石井に対する評価は極めて高い。石井はタイ仏教への造詣が深かったが、その業績に日タイ仏教関係のものは総じて少ない。こうした中、林氏は独自に石井の蔵書から日誌を発掘し、当時の多くの日本人僧侶が南方仏教を蔑視し、日本仏教と断絶状態にあることを憂いる石井の記述等を紹介した。林氏は、人間を媒介して宗教や文化を分析した石井の研究手法を評価しつつ、現代の研究者が学知の再構築を行うべきことを主張した。

林行夫氏(龍谷大学教授)

 

発表3 神田英昭(高野山真言宗 僧侶)

「タイ仏教と日本仏教は対話できるのか?−タイ仏教への掛け橋になる」

神田氏は、2011年に高野山金剛峰寺よりタイ国開教留学僧としてバンコクの王立寺院ワット・リアップに派遣され、3年間の僧院生活を送った。帰国後は真言宗僧侶として、タイ仏教に対する日本人の認識不足の改善に取り組んでいる。本発表では、タイ仏教を知りたいという日本人に向けて、実際に行っているタイ仏教巡礼の旅について具体的に紹介した。神田氏によれば、バンコクの日本人の多くは特定3ヶ所の観光寺院を訪れるが、それではタイの仏教信仰の実態を理解することはできないという。そのため、神田氏主催の巡礼では、タイの日本人納骨堂の堂守の僧侶による托鉢や勤行の様子を見学し、タイ仏教の各宗派の総本山やタイ人の死生観を反映した葬式寺への参拝、革新的で現代社会に即した仏教施設への訪問などを行っている。神田氏は、一般人はもとより日本の青年僧にもタイ仏教の実態を知り、日常生活に信仰が根付くタイ仏教から学んで欲しいと述べた。

神田英昭氏(高野山真言宗 僧侶)

 

発表4 清水洋平(大谷大学非常勤講師 真宗総合研究所 特別研究員)

「仏教経典をめぐる日タイ交流の史実と現実」

清水氏は、タイの貝葉(大谷大学所蔵)に記された仏典写本から、日タイ交流の史実と現実を検討した。貝葉による仏典写本の伝統は、現在のタイでは廃れている。また、所在や内容が不詳のものが多く、保存環境も良くない。写本でのみ存在する貴重資料が存在を知られることのないまま失われつつあるのが現状である。貝葉研究の遅れは日本でも例外ではなく、19世紀に貝葉がもたらされて以降も、その研究は長らく行われてこなかった。その背景には、タイ仏教を「小乗」として低評価してきた日本仏教者の姿勢がある。そのため、大谷大所蔵の貝葉のように、タイ王室からパーリ語貝葉写本が贈られたとしても、そこに交流と呼べるよう実態はなかったという。とはいえ、日本にもたらされた貝葉写本の中には貴重資料が含まれているのは明らかである。国内に存在するパーリ語仏典写本の全体像が見渡せるようになれば、これらの貴重な文献類を掬い取ることができ、さらに日タイ交流の歴史や交易史への新たな知見が得られる可能性もある。そのためには日本の仏教学における東南アジア仏教文献への関心の高まりが重要と述べた。

清水洋平氏(大谷大学非常勤講師 真宗総合研究所 特別研究員)

 

コメント 小林知(京都大学)

上記発表を受け、小林氏は、交流には諸相がある点を強調した。個人間の交流、モノの交流、思想の交流など、それぞれの次元の相互交流が多様な状況を創出した。特に東南アジア諸国から伝来した経典などのモノに関して、モノはタイムラグを挟んで新たな交流をもたらすこともある。東南アジアで散逸した経典が遠く日本に存在するような場合もある。今後、例えばタイなどの留学生が日本に伝来した経典を研究して、現地に持ち帰って研究を進めることなどがあってもいのではないかと小林氏は述べた。加えて、国家同士などの「大きな交流」だけでなく、個人的に現地に赴いた武田恵教や石井米雄、また神田氏らによる「小さな交流」の功績により、現代の研究者が信頼のもとにフィールド研究ができることを忘れてはならないと論じた。

小林知氏(京都大学)

 

 

2日目

発表1 伊東利勝(愛知大学人文社会学研究所)

「日本とミャンマーの仏教交流にみる「国家と宗教」」

伊東氏は、仏教交流を「国家・民族」「ジェンダー」から捉え、ビルマで「修行」した日本の僧尼の行動と思想について分析した。伊東氏はまず、東南アジアと日本との仏教交流を考える上で、教義をめぐる対話が開かれているかどうかという視点で考察していくとする。そのうえで、交流において国民や民族というアイデンティティーに囚われると、仏教実践が、ある民族の一つの文化現象として理解されてしまい、結果として文明の優劣に関心が向けられ、教義を中心とした交流が実現できなかった過去をふりかえる。加えて本発表で取り上げられた浄土宗の村上妙清による『入竺比丘尼』(1944)の場合は、仏教教義におけるジェンダーの問題が民族意識で覆い隠されていることを指摘し、国家・民族意識が宗教もフェミニズムをも凌駕し、教義解釈の問題としての展開を妨げてしまうことを結論とした。

伊東利勝氏(愛知大学人文社会学研究所)

 

発表2 藤本晃(浄土真宗誓教寺)

「仏教の交流、比丘サンガの交流」

藤本氏は、日本仏教とテーラワーダ仏教の交流について発表した。ここでは、仏教の交流には「同じ地域の他の仏教との交流」、「他の地域の同じ仏教との交流」、「他の地域の他の仏教徒の交流」の三つがあることを指摘された。また、インド仏教とスリランカ仏教における部派分裂の歴史について比較し、スリランカ仏教が再統合に成功した背景についても言及された。特に現代の一例として、上座仏教のスマナサーラ長老の活動を紹介した。以前は日本仏教に関心が無かったり、反発していたりした日本人も、現在では国内において上座仏教が学べることへ強い関心を示している場合も少なくない。そして、日本仏教の僧侶からは上座仏教への反発や無関心があることなど、依然として上座仏教と日本仏教両者の交流には摩擦が生じている実態が紹介された。

藤本晃氏(浄土真宗誓教寺)

 

発表3 大澤広嗣(文化庁宗務課)

「宗教法人制度と東南アジア系の仏教団体」

大澤氏は、宗教団体が財産を維持して活動可能な背景にある法制度を論じた。誰もが閲覧できる法人の登記情報には、代表者や成立年月日、目的が記されており、法的な観点からも宗教団体について検討する情報として、重要性を指摘した。こうした問題意識のもと、日本に進出してきた東南アジア系の仏教団体が法人化していく経過を登記情報から分析し、法人化の現状と課題について論じた。
21世紀に入り、外国を発祥とする宗教団体の法人化が相次いでいる。彼らの登記情報を調べると、一般社団法人を経て、最終的に宗教法人化するケースが少なくない。こうした背景には、公益法人の制度改革により、登記だけで設立できる一般社団法人の制度が創出されたことで、法人格を得られるようになったことが挙げられる。宗教法人化する主な利点として、社会的信用が高まり、税法上の利点が大きいなどを挙げた。今回の集会でのテーマは「交流」であるが、今後の課題として、海外からの団体は母国と異なる宗教制度のため日本の法制度を知る必要が不可欠であり、日本の行政側は海外の宗教団体に関するリテラシー向上が重要であることを大澤氏は述べた。

大澤広嗣氏(文化庁宗務課)

 

コメント 村上忠良(大阪大学)、金澤豊(龍谷大学)

2日目の上記発表を受け、金澤氏は、本集会の主旨にあたる「交流」という点に着目して、東南アジア仏教を専門としない自身がコメンテーターを務めること自体も、一種の交流であると述べた。
また「交流」を問い直すことが不可欠であり、日本と東南アジアの仏教で何らかの目的を共有することで真の交流に近づけるのではないかと提案した。
一方、村上氏は、構造・関係論の視座から、日本と東南アジアの仏教交流の規模や交流双方の異同、交流の担い手の多様性や交流の方向性などを整理しつつ、過去の交流に関する資料を保留・調査し、新たな交流に導くことの重要性などについて述べた。

村上忠良氏(大阪大学)

 

金澤豊氏(龍谷大学)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主催
龍谷大学 世界仏教文化研究センター(RCWBC)仏教史・真宗史総合研究班、龍谷大学 アジア仏教文化研究センター(BARC)「戦時下日本仏教」班
共催
龍谷学会
ポスター
研究総括集会「日本と東南アジアの仏教交流」