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Research Center for World Buddhist Cultures

世界仏教文化研究センター

活動内容

【開催報告】2020年1月21日(火) 研究セミナー「唯識思想と六波羅蜜」

開催日時
2020年1月21日(火) 16:00~17:30
開催場所
龍谷大学 大宮学舎 清風館B-102教室
講演者

高橋 晃一氏(東京大学 准教授)

 

2020年1月21日(火) 研究セミナー「唯識思想と六波羅蜜」が開催された。今回、高橋氏にとって、関西での講演は初めてであり、本学にとっても記念すべきものである。

 

高橋氏は弥勒菩薩像、無著菩薩立像、世親菩薩立像の写真、さらには随時、図式を用いながら、まずは唯識思想と瑜伽行派について基本的説明から進められた。瑜伽行派は大乗仏教の二大潮流の一つであり、その瑜伽行派の思想を唯識思想と呼ぶものである。唯識あるいは唯識性はvijñapti-mātratāと呼ばれ、認識の結果により見えているものであり、現代語で言えば「表象のみ」と訳せる。例えば、人間が二人いて、ある物体がリンゴに見えるか、サクランボに見えるかというものである。『唯識二十論』における喩えでは、地獄の衆生は、川の流れを糞尿が流れていると見るのに対して、清らかな目で見ている場合は、清らかな川の流れに見えるというものである。要は、同じものを見ていても、違うものに見えるというものが唯識思想の特徴である。そして、もう一つは外界の対象が実在しないにも拘らず、認識が生じることである。例えば、記憶を想起する時、あるいは夢を見ている時がこれに該当する。さらに、瑜伽行派が瞑想体験の中で、実在しない対象を完全に現出させることを行なっていることなどを明確に説明された。

 

高橋氏は、唯識思想において主に研究対象とされてきたのは、三性説と八識説が中心であったが、捨象されてきた部分がある点を指摘された。その一つの例として『解深密経』を挙げ、その成立過程の学説に問題があったと述べられた。中でも、シュミットハウゼン氏との意見交換では、自らの解釈とは異なっていたというエピソードを語られた。この他に、先行研究を紹介しながら唯識思想における他者の存在、あるいは他者との関係をどう捉えるべきなのかという問題が、瑜伽行派においてどの程度議論されてきたのか不明であるとされた。『摂大乗論』を見る限りでは、どのように他者の存在を捉えるかということが、一つのテーマと成り得るのではないかということにも言及された。「六波羅蜜を考える」ということが、今回のテーマの背景にあるテーマであり、六波羅蜜を考えることが他者を考えることではないか、ということを本講演の結論とされた。

 

コメンテータの若原雄昭氏(龍谷大学文学部教授)からは今回、高橋氏に紹介された自身の論文が、高橋氏と同じ問題意識を持っていたことなど、好意的な見解などを述べた。質問時には、聴講者から活発な発言もあり、盛会の内に幕を閉じた。

 

司会の早島慧氏(龍谷大学文学部 講師)

 

高橋 晃一氏(東京大学 准教授)

 

若原雄昭氏(龍谷大学文学部 教授)

 

会場の様子

 


 

 

 

主催
龍谷大学世界仏教文化研究センター(RCWBC)、基礎研究部門特定公募研究(共同):アビダルマの大乗的展開の研究
ポスター
20200121高橋晃一先生研究セミナー