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妙多羅天女信仰における山姥、奪衣婆、鬼子母神の習合

基礎研究部門
特定公募研究(共同)
Syncretism of Datsueba, Yamauba, and Hariti in Myōtara Tennyo Worship
2022年度

研究代表者

坂 知尋 (龍谷大学世界仏教文化研究センター 博士研究員 )

研究種別

個人研究

概要

本研究では、妙多羅天女信仰における山姥、奪衣婆、鬼子母神の習合に注目する。
山姥は日本の昔話や物語、説話などに登場する山に住む奇怪な女である。その表象や性格付けは多様で、人を喰う恐ろしい鬼婆、救いの手を差し伸べる協力者、超人的能力を持つ子供の母親などとして描かれる。善と悪、豊穣・多産と破壊という両義的な性格を有することも指摘されている。
奪衣婆は11世紀ごろから日本の仏教説話や経典に登場しはじめ、三途の川のほとりで死者の衣を剥ぐ鬼婆として描かれる。初期文献ではとりわけ重要な人物として描かれているとは言い難く、描写も簡潔である。しかし、時代が下るにつれ尊格や性格が様々に解釈されてく。江戸時代になると、女性の救済者として設定されたり、子育てや安産を含む種々の利益を授ける尊格として熱烈な信仰を集めたりといった展開を見せた。
鬼子母神は元々インドの尊格で、自分の子供を養うために人間の子供をさらい喰い殺していたが、釈迦に出会い改心し、子供の守護神また安産の神として祀られるようになった。
本来、山姥と奪衣婆、鬼子母神は別人格であるが、妙多羅天女信仰においては山姥的要素と奪衣婆的要素、そして鬼子母神的要素を併せ持つ弥三郎婆という人物が登場する。
先行研究において山姥と奪衣婆の習合は度々指摘されてきた。また、仏教の恐ろしい女神として奪衣婆と鬼子母神の名前が挙げられることはままある。とはいえ、この三者の習合について具体的な事例に注目してなされた研究はなく、漠然とした指摘のみにとどまっている。本研究では、妙多羅天女信仰を事例として、山姥と奪衣婆、鬼子母神がどのように重ね合わされ信仰の展開をうながしたのか検討する。