【報告】「Tangut Buddhist Texts: State of the Field and Perspectives」(西夏仏典の現状と展望)
2025.06.05
2025年5月27日(火)15:15より本学大宮学舎清和館3階ホールにおいて、中国人民大学教授 キリル・ソローニン(Solonin Kirill)をお招きし、龍谷大学世界仏教文化研究センター国際研究部門の公開研究会「Tangut Buddhist Texts: State of the Field and Perspectives」(西夏仏典の現状と展望)が開催されました。

本研究会では西夏(タングート)王国(10〜13世紀)は独自の文字を用いて、中国やチベットの仏教文献を大量に翻訳し、仏教を国家文化の柱として制度化しました。翻訳事業は2段階に分かれ、初期は中国語からの直接翻訳が中心で、12世紀中頃にはチベットやインドの学僧による新技術が導入され、編集が高度化されました。特にカシミールの高僧ジャヤーナンダの影響が示唆されています。

この文化改革は仏教文献にとどまらず、世俗文献や詩文にも及びました。僧侶には音韻学の知識が求められ、法典には僧の学習必須項目として般若・中道(中観)・唯識・華厳・百法・発心・法事が挙げられています。中でも「漢系」と「番系(チベット系)」の区分は教義の源流というより、使用言語や社会的所属を反映したものであると考えられます。
タングート仏教文献は、漢語仏教とチベット仏教双方の伝統を内包しつつも、哲学的には保守的で、内容よりも編纂や翻訳の方法に特徴があります。「文献群(クラスター)」として分類され、核心経典・注釈・儀礼書・伝承記録などがセットで伝わることが多く、宗派別(華厳、禅宗、唯識など)や地理的背景によって構成が異なります。

チベット系では、五大護法経(パンチャラクシャ)、『入菩薩行論』、マハームドラー文献などがあり、後者には西夏独自の著作も存在します。特に国師・徳慧による『大印究竟要集』はタングート仏教の独自性を示す代表例です。また、チベットから伝来した文献の中には、現存するチベット文献には見られないものもあり、西夏仏教の研究はチベット仏教の補完的資料ともなります。

これら文献の流通は、11〜13世紀の北中国の政治変動(遼から金への交代)とも密接に関係し、南宋禅宗の影響も西夏に波及しました。タングート仏教文献の研究は、当時の中国・チベット仏教の地域的展開や思想伝播の動態を解明する上で極めて重要な手がかりを提供しています。
