【報告】量子力学と仏教は国際関係理論の新たな光となるのか?
2024.08.22
2024年7月24日〜26日、ポーランド・ワルシャワ大学(政治・国際学部)において、国際学会「7th Global International Studies Conference of World International Studies Committee」が行われ、本学より清水耕介教授(国際学部/世界仏教文化研究センター応用部門「紛争解決班」研究員)が招待を受けて報告を行いました。
【大会HP】https://www.wiscnetwork.net/warsaw2024
主催団体であるWorld International Studies Committee(世界国際研究委員会、WISC) は、国際研究のあらゆる側面を扱う専門家による連合です。国際関係分野の国際学会には、アメリカを本拠地とし最大規模かつ主流派の「International Studies Association (ISA)」や、欧州諸国を対象の中心とする「European International Studies Association (EISA)」がありますが、このWISCは2000年代に発足した団体で、ポストコロニアル(西洋を中心とするかつての帝国主義、植民地主義に対して反省的な態度を指す)の立場を取る専門家が集うことが特徴です。
今回で第7回を数える国際学会の最終日、7月26日に行われた準全体会議 (Semi-Plenary 02)に清水教授が登壇しました。セッションのテーマ、登壇者、概要および清水教授の報告要旨は次の通りです。
【セッションの概要】:
Title: Interrogating the International(国際を問う)
Chair(s): Dr. Zeynep Gulsah Capan (University of Erfurt)
Presenter(s): Prof. Vivienne Jabri (King’s College London), Dr. Karen Smith (Leiden University), Prof. Kosuke Shimizu (Ryukoku University)
趣旨:
国際関係学という学問分野は、その研究対象である「国際」との関係が依然として議論の的となっている。「国際」とは何か?これまでどのように定義されてきたのか、そしてこれらの主流な定義はどのように批判されてきたのか。この準全体会議は、国際政治社会学と歴史社会学の交差点でこれらの議論に介入し、「国際」が国際関係学の分野でどのように理解され、用いられてきたかを問題提起し、さらにその概念化の欠如に関する問題にも取り組む。
【清水教授の報告】:
Title: On the new relational reality of quantum mechanics and Buddhism(量子力学と仏教の新たな関係性現実について)
要旨:
世界が不確実で予測不可能な状況にある近年、国際関係理論の関心は「関係性」に向かっている。そこで、量子力学と仏教の視点を国際関係理論に応用することを試みた。
量子は粒子と波の性質をあわせ持っており、観察者との関係で判明する。この量子力学の観点によれば、観察者と観察対象を明確に区別することが不可能であり、すべての存在は関係性によって一時的に生成されるものとされている。しかもこの関係性は固定ではなく常に変動するため、個々の存在は相互関係の中でのみ意味を持つという点で、仏教の「空」の概念と一致する。特に仏教(華厳経)の「因陀羅網(いんだらもう)」の比喩を用いることで、すべての存在が他の存在と相互に関連している様子が説明できる。
こうした視点から、国際関係理論における従来の固定的な主体概念を再考し、すべてのアクター(国家や研究者も含む)が関係性の網の中で変化し続ける存在であることを主張する。この視点は、ポストコロニアル理論とも関連しており、国際秩序や正義に対する新たなアプローチを提示するものである。
清水教授と共に同セッションに登壇したVivienne Jabri教授 (英国・ロンドン大学キングスカレッジ)は、徹底して国際という言葉にバイアスがかかっていることを主張し、先進国の語る「国」にはそれ以外の国や地域が含まれておらず、国際の枠組みから外れるのではないかと問題定義しました。また、Karen Smith博士 (オランダ・ライデン大学)は、教育において国際をいかに語るかという点に主眼を起き、西洋中心主義的な教科書によって立場が固定されてしまう危険性を指摘しました。
登壇者の報告後に行われたディスカッションを振り返り、清水教授は「歴史書で語られる歴史には、主体(先進国)による主旋律だけが存在するように思いがちだが、異なる音色の副旋律も同時に存在しているものだ。国際関係理論では、“both/and(どちらも)”という考え方があるが、強い主体による主観性を持っているため、歴史の読み自体が“支配者優位な読み”になってしまう懸念がある。今の国際関係を捉え直すには“neither/nor(どちらでもない)”という考え方で、新しい秩序の構築が必要ではないか」と述べました。
また、清水教授が今回報告したテーマである『量子力学と仏教の新たな関係性現実』に着想した契機は、イタリアの量子力学者が仏教に造形が深いことを知ったことにあります。清水教授は、「関係性により明らかになる量子論と重ねあわせると、すべては縁起の中で生じてくる仏教は科学だと見ることができる。在ると思っていた現実が幻ならば、私たちをとりまく関係を捉え直す上で、仏教における倫理がポイントになるだろう」と研究の展望を語ります。 清水教授は現在、同テーマに関して国際ジャーナルへの論文の投稿準備を複数進めており、新たな国際関係理論への展開が期待されます。