[報告]「初期イスラーム社会のセクシュアリティとクィア研究-LGBTQ「受容」に向けたイスラームの試み-」
2025.01.15
龍谷大学大宮キャンパスでは、2024年12月21日(土)に「初期イスラーム社会のセクシュアリティとクィア研究―LGBTQ「受容」に向けたイスラームの試み―」と題するワークショップが開かれた。発表者は辻大地氏(東京都立大学人文社会学部・助教)で、司会とレスポンデントは、宇治和貴氏(筑紫女学園大学人間科学部・教授)がつとめた。
本ワークショップでは、辻氏がこれまでに行ってきた前近代イスラーム社会に関する研究の一部として、歴史資料や文学作品など具体例を提示しながら、特に前近代のイスラーム社会におけるLGBTQに対する眼差しについて発表を行った。辻氏は歴史学を専門とし、2023年12月に「前近代アラブ・イスラーム社会における〈同性愛〉概念の誕生」と題する博士論文を提出している。今回は、その研究を基に、イスラーム社会における同性愛およびLGBTQの歴史的・法的側面について語った。
まず、辻氏は現代のイスラーム法において同性愛がどのように規定されるのかについて説明し、その背景にあるクルアーンやハディースなどの宗教的資料の解釈を提示しながら、9世紀~11世紀頃のイスラーム社会における、同性愛に対する眼差しについて述べた。イスラーム法学者による同性愛の解釈は、旧約聖書の「ソドムとゴモラ」の物語と対応する「ロトの民の話」がクルアーンに登場することから知られるように、基本的にキリスト教における同性愛を否定する解釈と同様の文脈での理解が継承された。
イスラームでは、ロトの民の行為が同性愛行為と理解されてきた。しかし、クルアーンには同性愛を明確に禁じる記述がなく、そうした解釈が後世の法学者や宗教指導者によって追加されたことが強調された。実際、クルアーンに描かれた楽園の描写のなかに、酔わない酒や美しい少年が褒美として与えられることが記されており、前近代のイスラーム社会では少年愛がある程度許容されていたことが知られる。しかしながら、現代のイスラーム社会では、同性愛はほとんどの場合、固く禁じられており、前近代と現代におけるこうした文化・宗教的なギャップについてたびたび指摘されている。
次に辻氏は、現代のイスラーム社会における「クィア」な解釈の状況についても紹介した。近年、欧米を中心に、ゲイであることを公言するイマーム(宗教指導者)やイスラーム教徒の研究者が、クルアーンを新たに読み直し、同性愛やLGBTQについて新たな解釈を始めている。とはいえ、こうした「クィア」な解釈は、保守的なムスリム社会ではまだ十分に受容されていないのが現状である。特に法学者間の合意が重視されるイスラーム社会では、少数の法学者が新しい解釈を示しても、広く受容されるには時間がかかりそうである。
辻氏による発表の後、宇治氏が発表者に感謝を表し、今回の発表を通して、イスラームにおける同性愛の解釈やクィアな視点の展開について多くの示唆を得たと述べた。特にクルアーンに同性愛が直接否定されていないことや、「ロトの民の話」に関する新たな解釈が興味深かったという。続いて宇治氏は、イスラームにおけるクィアの解釈の始まりやその広がりなどについて質問し、活発な議論が行われた。そして、宇治氏の司会のもとで、現地参加者にとどまらず、オンライン参加者からも積極的な質疑や発言があり、活発なディスカッションが行われた。
今回のワークショップを通じて、イスラーム社会における同性愛およびLGBTQへの姿勢は歴史的に多様であり、一概に「イスラームは同性愛を禁じてきた」と断定することはできないことが知られた。クルアーンやハディースの解釈をめぐる議論は現在も続いており、今後のイスラーム社会におけるLGBTQの受容についての議論は、ますます重要性を増すであろう。