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【報告】2023年度 沼田智秀仏教書籍優秀賞受賞記念講演会「Karmic Detectives: Reflections on Buddhist Historiography in China」

2025.04.24

2025年4月16日(水)15:30より本学大宮学舎西黌2階大会室において、ジョン・キーシュニック氏(スタンフォード大学教授)をお招きし、講演会「Karmic Detectives: Reflections on Buddhist Historiography in China」が開催された。

 本講演では、「仏教史学(Buddhist Historiography)」という概念を基盤として、その独自性と発展過程、特に中国における伝統的仏教史学から近代的アカデミズムへの移行について論じられた。まず、エドワード・コンゼの「ダルマには歴史がない」とする有名な見解に対し、仏教における輪廻的時間観や末法思想などの存在から、仏教はむしろ固有の歴史認識を持っていると反論した。

ジョン氏

 講演では「カルマ探偵(Karmic Detective)」という語を用い、因果応報の原理をもとに過去を解釈しようとする前近代仏教史家の手法を紹介した。彼らは経典や戒律、伝記、奇跡譚、輪廻の物語などからカルマの痕跡を読み取り、歴史の中に道徳的秩序や宗教的意味を見出そうとした。

 しかし20世紀に入り、中国では胡適、顧頡剛、傅斯年らが牽引する近代歴史学が登場し、仏教史研究にも批判的思考と学術的方法が求められるようになった。この新たな潮流に対して、仏教僧たちは従来の信仰的立場と歴史批判の間で葛藤を抱えることになった。

那須氏

 講演では特に、近代中国仏教を代表する改革者太虚とその高弟印順に焦点が当てられた。太虚は仏教の世界史的視野を持ちながらも、従来型の史料解釈や奇跡譚への依拠を継続したため、「最後のカルマ探偵」とも呼べる存在であった。一方、印順は近代歴史学の方法論を積極的に導入し、仏典の出典批判および仏歴の見直し、伝説的人物像(例:菩提達磨)に対する懐疑的視点など、これまでの仏教史学には見られない革新的な手法を試みた。

会場の様子

 印順は1954年の著作『以仏法研究仏教』の序文において、仏教の「無常」「無我」「縁起」などの教義を歴史研究に応用する可能性を提示し、歴史叙述を単なる記録ではなく自己修養の一環として捉えた。この視点は、仏教思想を史学に取り入れる新たな可能性を示唆している。

 本講演は、仏教史学が単なる事実の記録ではなく、仏教的価値観と視点に基づいて歴史を再解釈する営みであり得ること、そして「カルマ探偵は姿を消したが、その探究精神はいまも生き続けている」ことを結論として閉じられた。

登壇者や参加者との記念写真