【報告】「部派典籍における「大乗」の用例をめぐって」
2025.07.22
2025年6月13日(金)、龍谷大学大宮キャンパスで「部派典籍における「大乗」の用例をめぐって」と題する研究報告会が開かれた。講演者は龍谷大学世界仏教文化研究センター嘱託研究員の藤田祥道氏で、司会・進行を本学文学部教授の能仁正顕氏がつとめた。本研究会では、藤田氏が研究を進めている部派仏教典籍の視座から「大乗」という概念の創出起源について報告した。

藤田氏は『大乗荘厳経論』に論述される大乗仏説論のなかで、世親が言及する対論者が「声聞乗こそ大乗である」と主張することに注目し、部派仏教徒が自分たちの教説を「大乗」と名乗ることの意味について問題提起する。その問題を解決するための方法として、部派仏教各派における「大乗」の用例を挙げ、「大乗」という言葉の使用態度や誰が「大乗」に乗る者として挙げられるのかについて整理した。特に説一切有部の論書である『アビダルマディーパ』には、声聞乗・縁覚乗・菩薩乗を包摂した伝統的教説(=三十七菩提分法)を指して「大乗」と述べていることが先行研究によって指摘されていた。藤田氏は、先行研究の指摘に加えて、近年発見された『アビダルマディーパ』の一部にも新たな「大乗」の用例を見出している。その内容には、「大乗」の語義解釈が偉大なもの(「大」牟尼)の乗り物であり、偉大なよりどころ(「大」所依処)に結びつける乗り物であることが明示されており、『大乗荘厳経論』世親釈が対論者としている説一切有部の「大乗」説についてより具体的な実態が明らかとなった。また、藤田氏は、『アビダルマディーパ』以外の阿含部経典、本縁部経典、経集部経典、律部経典から広く「大乗」の用例を示し、部派仏教における「大乗」説と初期大乗経典における「大乗」の用例を比較検討した。
藤田氏は結論の中で、部派仏教典籍における「大乗」の用例こそ古い「大乗」という言葉の文脈を残しており、大乗経典はそれらの文脈から「大乗」を空間的・時間的に極大な乗り物として解釈したことを指摘する。また、それは「菩薩」という言葉が当初は本生譚における釈迦の過去世に限定して用いられていたのが、広く菩提を目指す者たちを指す言葉として一般化したことと軌を一にしていると説明し、講演を閉じた。

講演後、参加者を交えて活発な質疑応答が行われた。特に部派仏教における「大乗」の用例から小品系般若経等の大乗経典における「大乗」の用例への定義の変遷は、より複数の大乗経典や部派仏教典籍から多角的に検証していく必要があると指摘され大いに議論が盛り上がった。
