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【報告】講演・シンポジウム「相談意欲の低い来談者への解決志向アプローチ」

2025.11.18

 2025年10月26日(日)13:00より、本学大宮学舎東黌301教室において、公認心理師・臨床心理士など援助職の方を対象とした講演、およびシンポジウムが開催された。

  ▲司会 赤津玲子氏(本学心理学部教授)
        ▲田中ひな子氏

 はじめに、田中ひな子氏(原宿カウンセリングセンター所長)による講演「相談意欲の低い来談者への解決志向アプローチ-Solution-Focused Approach-」がおこなわれた。
 氏は、来談者の「相談意欲の低い」事情について、いくつかの理由が存在することを述べる。いくつか例を挙げると、他者に促されて来談した、来談者が変化の必要性を感じない・または変化に葛藤がある、来談者ではなく他者に問題があるため自身のカウンセリングを必要としていない、カウンセリングへの偏見、クライアント自身が解決策を抱いていている等がその事情である。
 以上のような「相談意欲の低い」来談者に対しては、解決志向アプローチを用いたカウンセリングがおこなわれる。解決志向アプローチとは、1980年代にアメリカのBrief Family Therapy Centerで開発されたもので、ミルトン・エリクソンの心理療法とグレゴリー・ベイトソンのコミュニケーション論・家族療法を組み合わせたものである。解決志向アプローチは、会話を通して解決を構築するもので、「すべてのクライエントは自分たちの問題を解決するのに必要なリソース(資源)と強さをもっており、自分たちにとって何が良いことかをよく知っており、またそれを望んでいて、彼らなりに精一杯やっているのだ」(インスー・キム・バーグ、スコット・D・ミラー『飲酒問題とその解決』金剛出版、1995年、20頁)という前提でおこなわれる。クライエントは自分の人生の専門家であり、セラピストはクライエントから教えてもらう立場(「無知の姿勢」)で、セラピストはインタヴューの専門家であるとする。また、変化は絶えず起こっているという認識から、解決志向アプローチはクライエントがうまくいっている時(例外)を探して日常化するものであり、例外とは常に存在している解決であるという。
 解決志向アプローチの記念碑的なフレーズに「抵抗の死」というものがある。セラピストの考えや提案に従わないクライアントは抵抗しているのではなく、それが自分のやり方にそぐわないことをセラピストに伝えているのであり、つまりセラピストに協力しているという理解である。このような考え方は社会構成主義に由来するもので、人は他者との会話によって育まれる物語的アイデンティティのなかで生きているため、セラピストの言葉掛けはクライエントに影響することを意識しなければならない。それは、クライエントに対して「相談意欲が低い」「変化を求めていない」とレッテルを貼って接することで、クライエントが影響を受けてしまうことに注意しなくてはならないと説明された。
 また、解決志向アプローチには三つの基本的な考え方がある。
  
  ➀それがうまくいっているなら、それをかえてはいけない
  ➁もしなにかがうまくいったならば、さらにそれをつづける
  ➂もしそれがうまくいかないのなら、なにか違うことをする

 上記をもとにクライエントにアプローチするなかで、重要となってくるのはクライエントの思考の枠組みを尊重することであり、具体的な手法が紹介された。
 また、不本意ながら来談せざるを得なかったクライエントには、その事情を理解して労いながら、クライエントの隠れた来談動機を明らかにして次回の来談に繋げることが重要であるという。改善に無気力なクライエントに対しては、解決するためのやる気を0から10で訊ねる「スケーリングクエスチョン」の活用が提案された。
 氏はセラピストとクライエントの関係は二項対立ではなく、セラピストとクライエントが協力して問題や心配について考える関係にしていくことを語り、クライエントとのコミュニケーションはコントロールではなく、解決志向アプローチは説得手段ではないことを強調し、会話を重視することを訴えて講演を終えた。

 つづいて、シンポジウム「相談意欲の低い来談者への対応の工夫」がおこなわれた。

          ▲中川貴美氏


 中川貴美氏(京都家庭裁判所)は、家庭裁判所調査官として「相談意欲の低い来談者」について、架空の事例を挙げて発表をおこなった。
 前提として、少年事件が発生しても警察・検察から送致がないかぎり、少年に対して家庭裁判所の調査がおこなわれないことが説明された。そして、家庭裁判所は支援者ではなく司法機関であるため、調査官は調査中の少年の「反省の弁」に拘わらず、裁判官の判決に任せるものとするという。
 架空の事例が紹介された後、氏は家裁調査官は社会的に孤立した「いじめられてきた」少年を、調査をとおして「いじめる」ことになる可能性(司法の場であう被害と加害)をはらんでいることにも言及した。

          ▲田上貢氏

 田上貢氏(大阪府ひきこもり地域支援センター、大阪府スクールカウンセラー)の発表の冒頭で、モチベーションの低い相談者を作るのはカウンセラーであると述べられた。
 学校での面談は主に教員からの要望でおこなわれることが多く、氏によって提示された事例では、クライエント(学生)はスクールカウンセリングを指導の場、すなわち「反省を促される場」の延長であると考えていたため、来談を拒否していたことが窺えたと解説された。カウンセラーは教員からの要望や、クライエントがカウンセリングを如何に捉えているかによって、面談中の話題が制限されることから、端的にカウンセラーがクライエントの立場に立っていることを示しながら、クライエントが期待を持てるような話題の選択をおこなう工夫をすることで、クライエントが少しずつ口を開き始めたという。
 また、ふたつ目の事例では、大阪府ひきこもり地域支援センターに訪れたクライエントの対応について述べられた。府のセンターは各市町村の支援センターに繋げる場であり、継続的な相談をおこなう場ではないことから、相談に消極的なクライエントと同じ方向性で話せる内容を模索することで、他の支援センターへ共有する情報を引き出す工夫が語られた。
 氏は面接内でのコミュニケーションの工夫として、クライエントの応答性の低さやぶっきらぼうな態度を「来談意欲が低い」と捉えるのではなく、支援者への配慮の求め方が遠回しであるだけであると述べる。クライアントの反応に対し、支援者が困った反応をすることで「相談意欲の低いクライエント」が出現するという。
 氏はさいごに、カウンセラー自身の立場やクライエントから如何にみられているかというバイアスを汲みながらコミュニケーションをとる工夫が必要であると結論を述べて報告を終えた。

          ▲吉村拓美氏

 吉村拓美氏(京都府福知山児童相談所)の報告では、はじめに児童相談所(以下、児相)とは「こどもを守るようなところ」というイメージがあるが、実際は「保護してからの方が大変」であるいう。一見して「支援を必要としていない」こどもや親とやり取りを進めて、こどもの安全について共に考える必要がある。また、氏は親も子も児相が介入する前に、「できるだけ安全に生活するための努力」をおこなってきたと信じたいと述べる。
  氏は当事者に対し「相談意欲が低い」という言葉に引っ張られていると言及し、親は「相談したい」と思っていないのに「児相にこどもを連れて行かれる」という状況にあるため、そのような状況で親が積極的に相談できるのか、と投げかけた。そうしたなかで如何に相談関係を築いていくかに焦点が当てられた。
 「相談意欲が低い」当事者は問題解決のための資源が見えにくいだけで、支援者が当事者家族とともに資源を探し、チャンネルを繋ぎ合わせることで、再発のすくない家族を作ることに繋がるという。また、児相を当事者の目で見ることも重要であり、当事者からみると児相は権力者にみえてしまうため、支援者が当事者を傷つけることがある。一方で、当事者が支援者を傷つける場合にも触れられ、協働関係を築くための複数のチャンネルが絶たれていることが指摘された。
 氏は、協働関係について、「話し合おう」という合意ができていれば、支援者と当事者が「握手」ができていなくも良いとする。また、支援者が当事者の「否認の壁」を突破することに拘ると、当事者にとって支援者は「北風と太陽」の「北風」になってしまう懸念があることが語られ、当事者が沈黙、あるいは激昂するのは、支援者自身が「北風」になっていることを映す鏡であると述べられた。
 氏は当事者との協働関係を個人で築く立場から、自分がチームを後ろから支える立場になったことで、協働関係を作れるようなチーム作りに取り組んでおり、組織のなかでTIC(‟Trauma-Informed Care“:トラウマがあるかもしれないという観点から対応する支援の枠組み)の視点を適宜共有し、また支援機関内においてもトラウマや境界侵犯をしていないかを俯瞰しながら、協働関係作りに努めているとまとめた。

 指定討論では、田中ひな子氏と吉川悟氏(龍谷大学)がパネリスト3人の報告にコメントし、それに対するパネリストの応答がおこなわれ、盛会のうちに閉幕した。

▲左から赤津氏・吉川氏・田中氏・吉村氏・中川氏・田上氏