【報告】「三大宗教の実践的対話に向けて―仏教・イスラーム・キリスト教の比較考察」
2025.03.10
2025年3月1日(土)10:30~17:40にかけて、シンポジウム「三大宗教の実践的対話に向けて―仏教・イスラーム・キリスト教の比較考察」が龍谷大学大宮学舎西黌2階大会議室で開催された。本シンポジウムは国際社会文化研究所指定研究「異文化理解と多文化共生―仏教・キリスト教・イスラームの実践的対話に向けた比較宗教学」(代表・佐野東生氏(本学国際学部教授))の最終年度の総括として専門家4名を招聘し、また科研費基盤研究C「ルーミーの実践的神秘思想の比較宗教学的究明」(代表・佐野氏)、世界仏教文化研究センターの共催でZOOMとのハイブリッドで開催された。本シンポジウムと関係し、講演者3名が執筆する新著『仏教・イスラーム・キリスト教―祈りと思想の共鳴』(嵩満也氏(本学国際学部教授)、佐野氏共編著)の出版記念を兼ねて開催された。
シンポジウムは佐野氏による開会あいさつの後、午前の部で小布施祈恵子氏(マッギル大学(カナダ)客員研究員)による講演「現代マレーシアにおける仏教とイスラームをめぐる言説:マレー系ムスリムの宗教 研究者の見解を中心に」がなされた。

小布施氏(写真左)、佐野氏(写真右)
講演では、イスラーム教徒と仏教とが共存するマレーシアにおいて近年、相互の比較、交流の傾向が強まる中、マレーシア国内での単一原理の元で諸宗教の統合をはかる宗教多元主義への批判から、イムティヤーズ・ユースフにより両宗教を等価値的に認める「並列主義」が提唱され、この影響を受けてマレーシアのイスラーム学者らが仏教との比較交流研究をはかっている点が解説された。マレーシア的イスラームの制限もある中で、両宗教の交流が始まっている点が紹介され、批判的評価がなされた。
午後の部では、まずアリー・テミーゼル(Ali Temizel)氏(セルチュク大学教授、文学部長)による講演「ルーミーの『マスナヴィー』にみる預言者モーゼの物語とメッセージ」がなされた(ペルシア語:通訳・佐野氏/村山木乃美氏(日本学術振興会PD))

アリー・テミーゼル氏
講演では、ユダヤ・キリスト教、イスラームの一神教において最大の預言者のひとりであるモーゼについて、13世紀トルコの著名なイスラーム神秘主義者・ルーミーの代表的詩集『マスナヴィー』からモーゼに関する42の物語が紹介・分析された。イスラームでモーゼは直接神と対話し、「神が語りかける人」という称号を持ち、意外なまでにユダヤ・キリスト教同様に高く評価されている点が指摘された。特に有名なエジプトのファラオとの対立と杖の魔法による勝利の一連の物語、またモーゼが羊飼いだったとき、群れから逃げた羊を見つけた際に一切怒らず涙を流して愛撫したため神に預言者として選ばれた、との逸話が紹介され、諸宗教をまたぐモーゼ、およびその慈悲の重要性が解説された。
次いで鶴岡賀雄氏(東京大学名誉教授)による講演「仏教とキリスト教:「神秘主義」を場とする比較宗教思想の系譜と可能性」がなされた。

鶴岡賀雄氏
講演では、西洋キリスト教的文脈における神秘神学が仏教など東洋的宗教との共通性を見出すことによる理解促進のために近代神秘主義に発展した点が解説された。これを基に創造神のない仏教の究極の真理としての「無」とキリスト教神秘主義的「無」が比較され、日本近代思想において鈴木大拙、久松真一らに継承されていく点が指摘された。続いて16世紀スペインのキリスト教カルメル会の神秘家・十字架のヨハネについて、その「無」への観点を示す「無と全」との表現について、神との愛を通じ「神ご自身もわたしのもの」と表明される人と神の一体化の境地である旨、またこの体験知の表現として哲学のような論理的散文ではなく詩でしか語りえないとの解説がなされた。
次にセピーデ・アフラーシュテ(Sepideh Afrashteh)氏(日本学術振興会外国人特別研究員)による講演「ルーミー思想にみる新プラトン主義の理念:形なき真理の概念」がなされた(英語:通訳・佐野氏)。

セピーデ・アフラーシュテ氏
講演ではローマ帝国期に発展したプロティノスを祖とする新プラトン主義について、神ともいいうる究極の真実在:形なき「一者」を根源とし形ある世界が形成される流出論が浄土真宗に至る大乗仏教の空/無の思想、およびイスラーム神秘思想にも類似し、比較しうる点が指摘された。イスラーム神秘思想について12世紀の神秘哲学者イブン・アラビーの『メッカ啓示』にみる「無」の定義が紹介され、次いでルーミーの詩編にみる根源的真理としての「無」の光や水など多様な比喩による表現について詩の実例を挙げて解説された。
各講演のあとにはコメンテーター(それぞれ嵩氏、村山氏、久松氏、佐野氏)によるコメント、および質疑がなされた。総じて本シンポジウムは、三大宗教の実践的対話に向けて、具体例に基づく多元主義から並列主義に向かう宗教学的な理論の整理、および神秘主義を基とする預言者、究極的真理:無をめぐる三大宗教の比較考察と共通性の探求を行った点で、今後の三大宗教の具体的交流・対話への可能性を考える上での基盤的な内容となったものと評価できる。

登壇者や参加者との記念撮影もおこなわれた