【報告】国際学術研究会「Sacred geography in Bactria and Sogdiana: some cases from the Greek Period (?-ca. 145 BCE) to the 8th century」
2025.06.26
2025年6月12日(木)、龍谷大学大宮キャンパスで、世界仏教文化研究センター基礎研究部門主催、京都大学人文科学研究所2025年度共同研究 「漢語・非漢語史料に基づく内陸アジア古代交通の社会・経済基盤」班の共催による、国際学術講演会が開催された。講演者は、長年にわたりフランスの中央アジア考古学を牽引されてきたフランツ・グルネ教授(コレージュ・ド・フランス/フランス学士院)で、講題は、“Sacred geography in Bactria and Sogdiana: some cases from the Greek Period (?-ca. 145 BCE) to the 8th century”「バクトリアとソグディアナにおける『聖なる地理』:ギリシャ時代(?-紀元前145年)から8世紀の間の事例について」である。
当日は、本学文学部教授・三谷真澄が司会進行をつとめ、京都大学人文科学研究所・稲葉穣教授が講師紹介を行った。本講演では、ギリシャ系の勢力によって支配されていた時代からイスラム化までの時代にわたる中央アジア地域、とりわけバクトリア及びソグディアナと称された地域における非仏教遺跡の考古学調査の成果を利用し、それらの中から、神殿と推定される16の遺跡と文献資料に確認される若干の事例を取り上げ、これら神殿の分類に関わる試論を提示された。

講演会要旨
イスラム化までの時代において、バクトリア及びソグディアナという地域は、仏典漢訳に携わった人物の名前から想像されるように、仏教に関わる地域として知られているが、実際には、バクトリアにおける仏教は、他宗教、即ち、この地域独特のゾロアスター教と共存し、一方のソグディアナでは、仏教は根付いてはいなかったため、この地域では、仏教遺跡に加えて、非仏教遺跡として神殿が発見されている。そして、これらの地域における神殿は、
①都市の大規模神殿
②王朝の神殿
③多国間神殿
④小規模な郊外神殿
⑤狩猟の聖所
という五つのカテゴリーに便宜上分類されるが、実際には、これらの神殿遺跡には共通の要素も見られ、全てを明確に分類することはできない。しかしながら、本講演で取り上げる遺跡は、これら五つのカテゴリーに対応した規模や都市構造を示している。

これらの神殿遺跡の中で、特に注目されるのは、宗教関連のものである。イランの国教であったゾロアスター教は、宗教図像を禁じていることで知られているが、バクトリア及びソグディアナにおけるゾロアスター教は、イランのものとは異なり、宗教図像を取り入れるだけでなく、ヒンドゥー教の影響を示している宗教図像が発見されていることから、この地域独特の宗教信仰が行われていたことを窺わせる。特に、ヒンドゥー教のシヴァ神は、ゾロアスター教のヴァーユと同一視され、日本における神仏習合のような状況を呈していた。このシヴァ神は、これらの地域では、ウェーシュ、或いはウェーシュパルカルと名付けられ、二つの名称は、共にヴァーユという名称に由来する。また、西南アジアに遡るとされるナナ女神に関わる出土文物も、これらの遺跡から発見されており、イスラム化以前における宗教事情の多様性を伝えていると言える。
また、これらの遺跡から出土した文物から推定される宗教儀礼のいくつかは、漢文史料中に関連する記述が確認される点も見逃すことができず、考古学的調査の成果の解釈には、中央アジア考古学の文脈だけではなく、東洋学の知見も利用した学際的研究の重要性を指摘された。
なお、講演後に行われた質疑応答では、ギリシャ系の勢力によって支配されていた期間が長く存在するにも拘わらず、発掘された資料は、宗教的な精神文化に関わる面について、ギリシャ文化の影響を殆ど示さない点を強調された。
